久しぶりに小学校へ講演をしに行ってきました。
さいたま市の大宮南小学校の5年生の生徒達対象でした。
一応時間の流れ的なものを作り、難聴の生徒さん達がいるということで
事前に台本を作り、話とテニス実演と車いす乗車体験と質疑応答と
いう内容でして。いつも講演をするときは、事前に話しの時間を聞いて
大体その時間内に納まるように話をするというようにしていて、まぁ予め
大体話す内容的なものは頭で整理しておくのですが、下書きもなく
行き当たりばったりで。下書きがあると自分のペースや雰囲気で話が
出来ないので、あまり好きではないのですが、今回は下書きに沿って
話すという、初めてのことで時間的に納まるか?が不安でした。
一通り話し終えて、時計を見ると、時間通りで我ながらバッチリの時間配分でした。
私たちの子供の頃は車いすの人が学校へ来て、話をするなどはありませんでしたが
現代の子供達は高齢化社会などという背景の中で時代をすごしていかなくては
いけませんので、実体験から車いすという目線から見た社会への印象を
どう捕えてくれたのか?って思いますが。
まぁ自分くらいでお役に立てる時には、いつでもお伺いしますので。
新しい携帯にも慣れまして。そういえばということで私の初代携帯電話を
まだ持っていまして、先日壊れた真っ二つの携帯と最新の携帯と並べてみました。
初代のドコモ携帯はP101ハイパーというやつで、実に懐かしいと思っ方も
多いかな?電池を外して年号を見てみると1996年となっていまして、実に12年前
の物でした。しかしながら何だかしっかりしている気がします。その頃は携帯電話を
今のように誰でも持っている時代ではなかったので、一年二年で取り替えるのは
考えもしない時でしたよね。
私もこの携帯を6年3ヶ月使ったようでした。当時は電池も大きかったですよね。
この電話にはS電池という小さな電池が装着されていますが、オプションで
L電池パックという物があって、そりゃ~でかくて重くて、後ろにかなり出っ張って、
でも一回の充電で使える時間は長かったという物でしたね。
アンテナの先っちょに傷があるのですが、娘が1才位の頃アンテナを伸ばして
かじってつけた傷で、今でもその傷を見ると当時を思い出しますね。
それから、この電話を使っていた最中に加入者が激増したということで
電話番号が11桁に変更になったのでした。
この電話は10桁の電話番号しか表示できなくて、11桁に変更された
後は一番最初の0だけが先に表示され、90・・・・というように画面が切り替わった
覚えがあります。あっ、もちろんメールなどはありませんでしたよ。
メモリーに入れとく電話帳の名前も確かカタカナしか登録できなかった気がしますが。
さすがに6年経った頃に使っていたときには、友達に「それラジオ?」とか「それ無線機?」
とか馬鹿にされてましたね~ 電話していると重いから持っている手が疲れて、持ち替えたり
してたんですが、この機種が発売された当時は「携帯もこんなに軽くなったんだ~」
「こんなに小さくなったの」って言われていたんですよ。
電気製品は目まぐるしく新機能がついたり、形が小さくなったりしますからね。
たまに昔の電気製品見ると、なんだか安心したりしますよね。

